虫歯きん
2008.06.30
んー歯がいたい。右下から3番目と4番目の間がいたい。
虫歯菌が掘ってるんだろうなぁ。
本社から指令を受けて工事現場の格好した虫歯菌が掘ってるんだろうなぁ。
もしくはアーティスティックな虫歯菌が
ベレー帽なんて被って彫ってるんだろうか。
歯医者は『あーん』てしてる時、
唾をいつ飲み込んだらいいか分からないから嫌い。
子供ができて唾をいつ飲み込んだらいいか聞かれたらどうしよう。
コウノトリが運んで行ってくれるとでも言おうかな。
たぶん子供にこの質問をされて悩んでいる親御さんが何人かいるはずだ。
なので、あのグワァーって唾を吸うマシーンの新開発を心より願います。
あー歯医者行こうかな。
大人になったし、いつ唾を飲み込んだらいいか分かるかもしれないし...。
そう、 ホルモンを飲み込むタイミングのように。

去年のある日
2008.06.19
毎日毎日同じ電車に乗って
毎日毎日同じ道路を通って
毎日毎日仕事に行ってると
『あの信号を点滅中に渡ってしまえば次の信号が青だから仕事場に10分前に着ける』とか『地下鉄の一番前の車両に乗れば乗り換えの時に早歩きでギリギリ電車に間に合う』とか自分の中の小さな手順みたいなのが出来てくる。むしろノルマみたいな小さな使命感が出来てくる。
毎日が同じことの繰り返し過ぎて自分の行き方と生き方を少しでも改善してみよう、無駄な所を省いてみようと毎日少しずつ自分にとってスムーズな行き方と生き方をあみだす。
ある日、点滅中の信号に間に合わなくて渡れなかった時があった。仕事に遅れてしまいそうだし、自分の中のスムーズな行き方で行けなくて少しイライラしていた。
ふと横を見ると小さな公園がある。こんなところに公園なんてあったかな...。いつもは信号を渡るために急いでいて素通りしているんだろう。
その公園はあまり背の高くない木に囲まれていて、座る場所が取り外されたブランコ一つ、産まれたての子ゾウの足跡くらいの砂場一つ、ゾウのカタチをした滑り台一つ、そして親子が一組いた。
ヨチヨチと歩きまわる子供の一歩後ろをヨチヨチと追う父。滑り台にたどり着き、なにやら困っている子供。
ズボンの丈が合っていないのか...ズボンに引っかかって滑り台の階段の一歩目が進めない。何度も何度もトライするが進めなくて滑り台を噛んでみたりする子供。
父はと言うと、もしもの時に備えるように落ちたり転けたりしてもスグに助けれる距離で、幸せそうに満面の笑みで興味津々に見つめている。教えることも手伝うこともせず、ただずっとニコニコ見つめていた。
そんな親子を見て、とてもとても幸せな気分になった。通勤の手順が完璧でスムーズに行けた時なんかより断然気持ちが晴れた。信号に引っかかって良かったとさえ思った。幸せを頭で考えすぎて、本当の幸せを見過ごしてないかな...。本当の幸せこそすぐ近くに落ちてたりするのかもなぁ...という出来事をきっかけに去年、作り出したのがpermanentsに収録されている『手の中のlife 』という曲の詩です。
早いものであの日から1年くらい経ちました。公園を通りすぎて急にあの日の出来事を思い出したので書きたくなって日記に書いてみました。
今週は石垣musicフェスです。頑張ります。

花火しよう
2008.06.12
先日、岩崎愛ちゃんのイベントに出ました。
何故か、あの夜から花火が見たくて見たくて。
愛ちゃんの歌詞の中に花火が出てきたからかな...。
滋賀県にいた頃は琵琶湖の畔で行われる琵琶湖大花火大会によく行った。
体育祭の後にあるため、その時に仲良くなった友達や
その時に付き合った恋人達が集ったり、
もちろん家族連れやヤンキーまで
滋賀県にとっては一大イベントで、
みんなアチコチから集まった。
最寄り駅前のコンビニに集合して
まず焼きそばやたこ焼きの屋台で立ち止まってワイワイ騒ぐ。
金魚鉢から抜け出して道をスイスイと泳ぐように
色鮮やかな浴衣姿の女性がカランコロンと通りすぎて、
心の中に『花火大会だぁ』と実感が湧いてくる。
偶然一緒の学校の挨拶を交わすくらいの知り合いに会っても、
制服以外で会うのは新鮮で、なんだか照れくさい。
いつもは学校のルールで個性を同じ色に整えられて
見ようにも見えてこないファッション性がむき出しになり、
表情や仕草までも個性で輝きを持ち出す。
だから見るのも見られるのも、なんだか照れくさい。
大勢の人が琵琶湖に向かってゾロゾロ歩くが正月のお宮参りと違って、
押したり割り込んだりする人が少ないから子供もゆっくり歩ける。
『ヒュー...、ドカンっ』
そんなことをしているうちにいつも花火は始まる。
最初から映画のクライマックスの感動が
繰り返し繰り返し押し寄せてくるように一つ一つの花火に心が揺れる。
真っ暗な空、一瞬しか命を持たない一回きりの輝き、
泣きたくなるくらいの美しさ。
それは声変わりをする前の少年合唱団のように
無垢で透き通った輝きのような...、
満開になった桜並木が一瞬で散ってしまうように
儚く最後の一枚の花びらを見ているような...。
入学式と卒業式の感動を一瞬で感じれる時間を花火は与えてくれる。
僕は花火を見ている人達の顔に花火の逆光が照らされている感じが好き。
その一人一人の瞳の中にもまた一つの花火が映し出されているのが好き。
あー花火したい。
そう思ってから雨の日が増えた。
この時期が過ぎたら花火をしよう。

ただいま
2008.06.04
大阪の朝は暑いね。
どこで会った太陽も同じはずなのに会う場所によって性格が違う気がする。
大阪で会う太陽はやっぱりコッテリしてる。
ほぼ1ヶ月くらいバタバタとツアーに回り、大阪の自分の部屋に帰ってきた。ドアを開けて足を踏み込んだ時の安堵感と違和感。たまに実家に帰った時に起こる違和感を自分の部屋で少し感じてしまった。
自分はこの部屋から出て行った頃の印象とあまり変わっていないが、その部屋にとっては僕無しの生活を1ヶ月間おくってきた...。とても近い存在で毎日毎日顔を合わして生活していたからこそ、お互いの空白の1ヶ月が違和感を生じさせる。少し離れただけでよそよそしくなる。
でもその違和感と同じくらい安堵感があるから自分の居場所はやっぱりここだと思える。
小学校時代の友達は今だに小学生の頃の印象だし、高校時代の友達もそうだ。
人はそれぞれ自分の時間軸で生きている。それが自分以外とズレたり、ギャップを感じたりした時、少し寂しくなる。久しぶりに実家に帰った時愛犬にしばらく警戒されるような寂しさ...分かるかなぁ。仕事仕事で夜遅くなり日曜以外は子供と顔を合わせず、なかなかなついてもらえないような寂しさ。
自分は近づきたいのに相手との見えない壁やギャップを、僕は自分の部屋に感じてしまった瞬間でした。
『ただいま』

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